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「国内シェアは約9割!?常滑焼の急須とそのルーツ【急須】」2022/11/07

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常滑焼は日本でも指折りの焼き物?その特徴と製法に迫る


常滑焼は、その名前の通り愛知県常滑市を中心として古来より作り継がれてきた焼き物です。
特に歴史のある焼き物を「日本六古窯(にほんろくこよう)」と総称し、常滑焼は、瀬戸・信楽・丹波・備前・越前と同じく、その一つに数えられます。

焼き物の系譜としては、常滑焼は瀬戸焼と同じ猿投窯(さなげよう)に連なります。元来は貴族や寺社向けの日用品や祭器を生産していましたが、地元の需要に応じて甕や壺なども製造するようになりました。

常滑焼において特徴的な点は、製法と材質にあります。
製造においては「焼締(やきしめ)」という技法を使用。釉薬を使わず高温で焼き上げています。
材質においても、使用される土が特別なものでした。
東海湖に堆積した地層には、鉄分が多く含有。そのため、低い温度でも焼き締まる性質を持っています。

次に常滑焼の製作工程について、朱泥急須(しゅでいきゅうす)を例に見ていきましょう。
採取した粘土から、より細かい粘土を抜き取り、土を練ります。部品(胴体やふた)ごとに成形して、ろくろで引きます。
各部品を削って整え、仕上げていきます。部品同士を接合して組み立て、乾燥させます。水分がとんだら布などで艶が出るまで磨き、印刀で模様を彫刻します。
1100度の温度で12~18時間焼成したら、先ほどの彫刻箇所に墨を入れ、洗い流します。最後に蓋と胴体を擦り合わせて、仕上がりです。


常滑焼の歴史は1000年!朱泥急須のシェアが9割以上となるまでを辿る


常滑焼との急須の歴史について見ていきましょう。
常滑焼の歴史は、平安時代末期(西暦1100年)ごろの知多半島の丘陵地の窖窯(あながま)始まるとされます。
当時は碗や鉢、壺や甕が主な生産でした。しかし鎌倉時代に入ると、酒や油の保存容器にも使われるようになっていきます。
南北朝時代には急速に窖窯が減少。室町時代には旧常滑町の地域にのみ常滑焼の窯が残るようになりました。

しかし江戸時代に入ると、常滑焼は転換点を迎えます。常滑焼の主力商品である急須が生産されるようになったのです。
江戸後期からは全国的に煎茶(茶葉を湯に浸して成分を抽出した茶)が流行。幕末ごろにはより盛んになっていました。
文政年間(1818~1830年)になると、常滑では稲葉庄左衛門が急須の生産を開始したと伝わります。
天保年間(1831~1845)に入ると、二台目の伊奈長三が板山で白泥土(はくでいつち)を発見。同土に乾燥させた海藻を乗せて焼成する「火色焼(ひいろやき)」を生み出しました。
藻掛けの急須は、江戸の遺跡でも出土。全国的に常滑焼の急須が急速にシェアを獲得していきました。
なお、現在でも常滑焼で製造され続けているのが朱泥急須です。

朱泥急須は、中国で焼かれていた「紫砂壺(しさこ)」を手本として完成させたとされています。
紫砂壺は中国江蘇省にある宜興(ぎこう)という窯業地で焼かれていた焼き物です。中国では急須を「茶壺(ちゃこ)」と呼び、特に紫砂と呼ばれる土を用いた紫砂壺が珍重されてきました。
安政元(1855)年、杉江寿門堂は紫砂壺からヒントを獲得。現代に繋がる朱泥急須を生み出します。


常滑焼から人間国宝も輩出!朱泥急須の人気作家とは?


長い歴史を持つ常滑焼では、傑出した作家が世に出ています。今回は二人ほど常滑焼の作家について見ていきましょう。

最初の一人が三代山田常山(やまだじょうざん)です。
大正13(1924)年、のちの三代山田常山こと山田稔は愛知県常滑市で生まれました。父は二代山田常山、祖父は初代山田常山であり、朱泥茶器の名工一家の中で薫陶を受けて育ちます。
高校は愛知県常滑工業窯業科を卒業。早くから窯業家としての将来を期待されていました。
昭和22(1947)年前後からは、父の号であった小常山を名乗って活動。
昭和33(1958)年には、日本伝統工芸展に34歳の若さで入選氏、華々しく世に窯業かとしてのデビューを飾ります。
昭和36(1961)年、父である二代山田常山が死去。そのため、三代山田常山を襲名することとなります。
三代山田常山は、急須において古典的な作品からモダンなものまでを幅広く制作を行いました。
平成6(1994)年には朱泥急須で愛知県の指定無形文化財保持者に認定。平成10(1998)年には、常滑焼の急須で愛知県初の国指定・重要無形文化財保持者(人間国宝)となりました。

もう一人の常滑焼を代表する作家が「山田宝生(やまだほうしょう)」です。
昭和25(1950)年、宝生は愛知県常滑市で誕生します。
早くから窯業家を志したようで、昭和42(1967)年に愛知県立常滑高校窯業科を卒業しています。
宝生の作品には、端正なこだわりが強く、特に急須を数多く製作していました。
梅や菊にモチーフを取った作品が多く、柔らかな曲線のフォルムに花鳥風月の絵柄を彫刻しているのも特徴的です。
昭和62(1987)年には、第一回日本煎茶工芸展で文部科学大臣奨励賞を受賞。日本を代表する急須作家の一人となります。
平成13(2001)年には、大韓民国で開催された世界陶磁器エキスポ2001にも出品されるなど、世界的な作家として知名度を獲得しています。

常滑焼、とりわけ朱泥急須は、長い歴史とそれを支える土によって形作られてきました。
加えて常滑焼は、従来の祭器や貴族の生活用品というものに固執せずに発展。柔軟に需要を受け入れ、中国の紫砂壺にヒントを得て朱泥急須にまで至る道筋をつけたのです。
培われた技術や知恵は、優れた作家の育成にもつながりました。
人間国宝となった三代山田常山、日本を代表する作家の一人となった山田宝生は、その土壌の上で見事に常滑焼の一時代を築いたと言えます。
1000年の常滑焼の歴史が実を結んだ結晶が、あなたの身の回りにある朱泥急須なのです。

参考文献

・入間市博物館 『急須のできるまで』 2004年

参考サイト

・「三代山田常山」古美術ますけんHP

・「三代山田常山」国指定重要無形文化財保持者山田常山

・「山田宝生」古美術ますけんHP

・「常滑」旅する、千年、六古窯

・「常滑焼」KOGEI

・「常滑焼について」とこなめ焼き協同組合

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