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「作刀の秘伝は全て公開!古刀を求めた先に新々刀が生まれた?【水心子正秀】」2022/09/20

水心子正秀が製作した刀剣の特徴


水心子正秀の製作した刀剣には、復古新刀らしく鎌倉時代の雰囲気が強く残っています。
正秀が理想とした古刀は、五箇伝(ごかでん:山城伝・美濃伝・大和伝・備前伝・相州伝)の作風にまとめられています。
初期の正秀の作風は、大坂新刀から影響を受けて直刃(すぐは)に近い刃文でした。しかし後期となると、正秀は古刀の特に相州伝と備前伝風の日本刀を製作していきます。

刀身に刻まれた丁子乱刃(ちょうじみだれば)は圧巻。刃に対して並行に流れる規則的な直刃(すぐは)と違い、丁子刃は不規則ながらダイナミックな姿が魅力です。古刀を模範としたため、刀身の反りは腰反り。地金は板目肌が小さく現れて映え、地沸は厚くついています。
水心子正秀の作刀品は、鎌倉時代の古刀を目指しながら独特の雰囲気を獲得。製鉄技術の向上によって非常に優美な姿に仕上がりました。

水心子正秀の生涯


寛延3(1750)年、正秀は出羽国置賜郡元中山諏訪原(現在の山形県南陽市)で鈴木某の次男として生を受けました。幼名は三治郎と名乗っています。

幼い頃に父が急逝。わずか7歳の正秀は母や兄と共に本家の鈴木権治郎方に身を寄せました。
正秀が12歳の頃には赤湯村に移住。同地で野鍛治として活動し、長井小出の鍛治・吉沢三次郎に学んで技術を高めました。

その後山形での修行を経て、陸奥国仙台の刀工・四代国包に入門。22歳となった頃には武蔵国八王子の下原吉秀の弟子となって腕を上げました。安永3(1774)年、正秀は刀鍛冶として腕を見込まれて山形藩主・秋元家に出仕。以降は川部儀八郎と名乗り、江戸に出て作刀を始めます。しかし正秀は決して満足することはありません。刀鍛冶名人の子孫を訪ね歩き、技術や工夫を吸収して独自の作刀に挑み続けます。御用鍛治となってからも、あくなき探究心は止まりません。

寛政元(1789)年には、鎌倉時代の刀工・正宗の子孫山村綱広に入門。秘伝書を授けられるほどとなります。
正秀は伝統と格式ある古刀を焼き直し、新々刀に対する工夫を加えていきました。
新々刀の祖となった正秀は、生涯に369振りを作刀。その技術の全てを10数冊の本に書いて公開していました。
文政8(1825)年に76歳で亡くなるまで、後身の育成に尽力。弟子は出羽米沢から九州の薩摩までいたとされます。

水心子正秀が産んだ新々刀


水心子正秀の存在は、日本刀の歴史の中で大きな転換点を与えます。

日本刀の歴史は、古刀(平安や鎌倉期が中心)から新刀(慶長期以降)と発展して来ました。
新刀期には、日本刀は戦いの道具以外としても認識。大名同士の贈答品として製作されるようになります。
江戸時代の大坂新刀は、特に美術工芸品として高く評価されていました。

正秀たちは本来の分を忘れて堕落した武士を憂慮。衰退していく日本刀に対して危機感を抱いていました。
文化・文政年間には、正秀たちは「武士は本来のあるべき姿に戻る」という志で、古刀に寄せた作刀を開始。世にいう新々刀(しんしんとう:復古新刀とも)の始まりです。新々刀は古刀に似た反りを持った作刀品でした。一方で新々刀は独自性を確立。江戸時代の精錬技術は平安よりも向上しており、純度の高いでの作刀が可能となっていたのです。

優れた弟子を輩出


日本刀に革新的な息吹を吹き込んだ水心子正秀ですが、彼の弟子たちにも、細川正義や長運斎綱俊、初代池田一秀といった錚々たる面々が揃っていました。正秀の門弟の中で、特に抜きん出ていた人物が「大慶直胤」です。

直胤は師・正秀と同郷の山形出身で、一説によると長船安光の流れを汲む一族とも言われています。
父は出羽国住安光と名乗った刀工でした。直胤は当初、父のもとで刀工としての技術を学び、のち江戸に出て山形藩主・秋元家に仕えています。優れた技術を持つ直胤は、正秀や源清麿と並び新々刀における「江戸三作」の一人にも数えられています。

水心子正秀の刀は歴史の転換点を目撃していた?


勝海舟は、幕末を代表する政治家の一人として知られています。その勝海舟と水心子正秀には繋がりがありました。勝は咸臨丸に乗船して渡米して遣米使節団にも随行。日米修好通商条約調印にも立ち会っています。そしていち早く神戸海軍操練所の土佐の坂本龍馬にも多大な影響を与え、のちに江戸城無血開城も実現させました。

政治力でも注目される勝ですが、剣の腕にも覚えがありました。
勝は若い頃から島田虎之助に師事し、直心影流の免許皆伝を許されたほどの実力でした。
勝が愛刀としていたのが水心子正秀の刀です。
しかし人一倍武芸を愛でる一方で、人を斬ることを非常に嫌っていました。そのため佩刀の水心子正秀は、常に強く縛り抜けないように細工されていたと伝わります。

並はずれた強さがありながら、あえて戦いを避けた姿は、むしろ水心子正秀を持つのに相応しい風格さえ感じさせます。


・主要参考文献

『日本刀は素敵』 渡邉妙子 ワック株式会社 2016

『物語で読む日本の刀剣150』 かみゆ歴史編集部 株式会社イースト・プレス 2015

・参考サイト
「刀工水心子正秀」南陽市HP

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